きっかけの話
ー2006年のこと。
当時うちの社では、お取引先様にお歳暮として地元の特産品をお贈りしていて(現在は縮小)、その品物の中に地酒がありました。
その酒瓶のラベルをオリジナルデザインで作成してみてはと酒蔵さんからご提案いただき、どうせならラベルの紙にもこだわり、滋賀らしい素材で実現できないかと探し始めたちょうどその時、取引先の銀行の当時の頭取から
「こんな素敵なものみつけたよ」といただいたのが、ヨシ紙で作られた
レターセットでした。
「これだ!」早速そのレターセットに記されていた西川嘉右衛門商店さんに連絡をし、そのヨシ紙にはもっと大きいサイズがあること、そしてそれを販売していただけることを聞き、調達を目的に伺うことにしました。近江八幡市円山町のその商店に向かう道中、私は滋賀に生まれながらにして初めて通るその道の風景を今でも覚えています。田園で育った私は、稲よりもはるかに背の高い植物の群生に興奮し、まるでその中を永遠と彷徨っているのではないかと錯覚しながら、社用車を走らせました。
西川嘉右衛門商店さんはご自宅と、その隣には蔵造りヨシ博物館があり、目の前は
内湖とヨシ原が広がり、
大自然の中にひっそりと人の暮らしがあるその佇まいを、
なんだか「滋賀らしい」と感じました。
快く出迎えて下さった当時の西川嘉右衛門商店会長でありヨシ博物館館長でもある17代当主の西川嘉廣さんは、おしゃべり大好きで、初対面の若造の心の垣根もピュンと飛び越えるお茶目なおじいちゃんとお見受けしました。
私は失礼ながらヨシを初めて見たことを告げると、西川さんからヨシについての
授業がそのまま唐突にスタートしたのです。
世界中のヨシにまつわる品物(たとえば、ヨシが描かれたお皿やセンスなど)が所狭しと並んでいた館長お手製のヨシ博物館は、そこは何せ蔵であり、いよいよ冬も到来した12月。当時、制服であるスカートの事務服で伺った私は、もっと厚着して来るべきだったと密かに反省したものです。
帰りに、伺ったの本来の目的を忘れそうになりながら、印刷を試すために数枚のヨシ紙を購入し、社用車で暖まりながら、またそのヨシ原の中を走り、帰路へと着いたのです。
帰社し、こんなおもしろいヨシ博士がいて、とにかく(気持ちは)熱くて
(私の体はすっかり冷め切ってたけど)長い話であったことを、西川先生のお人柄を含めて報告すると、ヨシについてもう少し探ってみようとなりました。
私はただ、お歳暮の酒瓶のためにヨシ紙を手に入れたくて伺っただけなのに、西川先生は、そう彼は確かに私に対して、この滋賀県で、紙製品の製造工場で、一応にも開発グループに所属する者としての課題で、
そして「何かおもしろいことが起こるのではないか」という期待を与えたのです。
私が持ち帰ったのはただのヨシ紙だけではなかったのです。
ヨシ【葦、リード】
- オーボエや篳篥ヒチリキなど薄片ハクヘンに使用されることもある。
- 湖沼や河川などの水辺、湿地帯に自生するイネ科の多年生草木
- 盛夏によく生長し、草丈が2~4 m ほどになる。
- 水鳥や魚の生息地であり、生態系保全には欠かせない存在である。
- 関東地方では「アシ」と呼ばれていますが、縁起の良い「善し」と
響きが通じることから 関西では「ヨシ」と呼ばれています。
ライフスタイルの変化とヨシ
滋賀県庁や地元で活動されておられるヨシ保全協会さん、いろんな所にメンバーが出向き、それぞれにヨシについて、そしてヨシの保全活動について調査開始しました。ヨシがお米よりも価値があったその昔、滋賀県内ではヨシの生産が盛んで、多くは屋根や簾(すだれ)などに使用されていました。しかし、時代が進むにつれ、ライフスタイルが変化し、現在では、葦葺き屋根は主には寺社や文化財など限られた対象になり、一般家庭では消防法により建築ができない、また日本のヨシが使用される簾は高級な料亭や旅館ぐらいで、一般家庭の簾に使用されているのは輸入の安価なものであることなど、ヨシは活用の場を失いました。そうして、埋め立てや湖岸堤の整備のために昭和28年に261haあったヨシ群落は平成4年には128haと半減したのです。
そこで滋賀県は、ヨシ群落は県民にとって原風景のひとつとみなし、ヨシ群落を守るために
1992年「滋賀県琵琶湖のヨシ群落の保全に関する条例」を制定し、その条例は3つの柱があります。
守る
良好なヨシ群落を守っていくために保全に必要な区域を「ヨシ群落保全区域」に指定し、行為規制を行っています。育てる
失われたヨシ群落の再生に取り組むとともに、刈り取りや清掃等の維持管理を行っています。活用する
刈り取ったヨシを生活の中で利用され、活用されるよう、取組を進めています。
「守り」「育てる」には、ヨシ群落を再生する取り組みとして具体的にはヨシ群落の侵入を規制し、ヨシの植栽が行われています。そのため、平成19年にはヨシ群落の面積は169haまで再生され、フナやモロコ等の産卵と繁殖の場の確保と湖辺域の生態系の保全、ヨシ群落の自然の成長力を再生するなどの取り組みが実現しています。しかし、3つめの「活用する」という点においては、前段でも述べたように、以前のように建築資材としての活用の場を失ったヨシの活用はなかなか進んでおらず、刈らずに焼かれるなどの対処が多くなりました。
コピー用紙としての活用
すでにヨシのパルプ化の技術はあり、ヨシ紙は主に工芸品のハガキや企業向け名刺に使用されていました。そこで私たちは、日常的に使用量が多いコピー用紙にヨシを活用することにしました。
コピー用紙としての品質を確保するために、ヨシパルプの配合率を低くし、その同じ原紙をノートなどの紙製品文具にも転用することで、原紙生産ロットを確保し、製品原価を抑え、最終的にはお客様に買っていただく商品価格としては市場の一般的なノートと同レベルの価格まで引き下げることができました。-
価格の重要さ
環境対応商品にありがちな課題として、特別な原料を使用する時は、材料費や加工費など一般的な製品にくらべてコストがかかり、最終的にはとっても高価格な商品になってしまうことです。どれだけ環境に良い商品だとしても、同じ品質ならやはり安価な方が選ばれ、購入が進まないとその価値は広まらず、結局環境に還元されないのです。なので、環境対応品であっても「価格」はすごく重要な要素なのです。 本気のヨシ名刺
次に、一般的な価格帯で日常使いのできるものの他に、開発するからにはやはり高付加価値のアイテムも必要だと考え、「本気のヨシ名刺」に取りかかりました。
すでに開発する前からヨシ名刺は世に存在しており、その多くのヨシパルプ配合率は10〜30%だったのですが、私たちはが目指したのはヨシパルプ100%の名刺。
ヨシをパルプ化する技術はあれど、ヨシ以外のパルプに頼らず紙を構成し、さらに名刺らしい厚み、印刷適性など名刺としての品質項目をクリアするには課題はありましたが、製紙会社さんの協力もあって実現に至りました。
びわ湖の生物多様性に富んだ自然環境の保全につながります
ヨシ刈り取り作業
ヨシを育てるには、冬の刈り取り作業が最も重要です。2009年、ボランティア活動組織「ヨシでびわ湖を守るネットワーク」を設立するにあたり、単なる一企業の活動に留まらない組織を作るため、県内事業所を歩き、琵琶湖をキーに「地域共通の環境課題に一緒に関わっていく」ことを訴え、多様な主体がつながる共同体を目指しました。-
地域一体となった保全活動
当初、数社の賛同を得てスタートしたこの組織は、徐々に賛同の輪が広がり始め、現在132社が参加する規模となり、産学官民が協働するヨシ刈り活動(年3回/12月~3月実施)を、これまで10年以上に渡り実施しています。近年の活動では、多数の事業体とその家族に加え、地元住民、行政、県立博物館、学校も参加する規模となり、子供から高齢者まで1開催200~300名が参加する県内最大級のヨシ刈り活動となり、地域一体となった保全活動に成長しています。
ヨシ刈り活動の効果
これまで保全による成果は、県が唯一公表する面積でしか評価されておらず、他の科学的評価が期待されていました。一方、間伐等の森林保全は、炭素吸収・固定量を指標として全国的に推進されています。
私たちは、ヨシ材においても炭素を植物内に回収する効果があり、森林と同様に炭素回収量として評価できると考え、2017年より研究者と共に冬のヨシ原のバイオマス調査に取り組み、ヨシの「高さ」「密度」「重さ」「太さ」「炭素量」を3年間に渡り測定し、蓄積したデータからヨシの炭素回収量を数値で示す手法を構築しました。これにより保全面積でしか評価できなかったヨシ刈り活動の効果が、全く新しい角度から数値評価が可能となったのです。
主な受賞歴
2008
グリーン購入ネットワーク「第10回 グリーン購入大賞 審査員特別賞」を受賞2009
地球・人間環境フォーラム「第6回 エコプロダクツ大賞
エコサービス部門 エコプロダクツ大賞推進協議会会長賞( 優秀賞 )」を受賞2013
滋賀県「ココクール マザーレイク・セレクション」にリエデンが認定2015
滋賀グリーン購入ネットワーク「買うエコ大賞」を受賞
環境省「環境人づくり企業大賞2014 奨励賞」を受賞
経済産業省「The Wonder 500 ™(ザ・ワンダー・ファイブハンドレッド)」に
ヨシ筆ペンが認定2016
関西経済連合会「はなやか関西セレクション2016」をヨシ筆ペンが受賞2017
「第26回 日本文具大賞 デザイン部門 優秀賞」をびわこテンプレートが受賞2018
国土交通省「第20回 日本水大賞 経済産業大臣賞」を受賞
「しが生物多様性大賞 大賞」を受賞
「第12回 西の湖ヨシ灯り展 夏原グラント賞」を受賞2019
文部科学省「青少年の体験活動推進企業表彰 審査委員会特別賞」を受賞
イオン環境財団「第6回 生物多様性日本アワード グランプリ」を受賞2020
環境省「令和2年度 気候変動アクション環境大臣表彰 普及・促進部門」を受賞
エデン
春に新芽を出し、夏には高く伸びた青々とした姿、
秋は黄金の穂を揺らし、冬の枯れヨシの天に向かって真っ直ぐに伸びる風景はとても美しく、ヨシが風に揺れる音、
四季で異なる水鳥たちの鳴き声、ヨシ刈りをする人々の声など、ヨシ原を行き交う音もまた人々の心に、
どこか懐かしさを与えるのです。ヨシ博士である西川さんが語ったように
ヨシ原は生き物と人々が交わる場所であるー
私たちにとってヨシ原や琵琶湖がエデンであるように、きっと皆さんにもエデンがあります。
窓から見える連なる山々や近くの川、実家の里山やレジャーで訪れる海、
そんなエデンは、今や生態系が崩れつつある現代において、
自然の力だけでは維持・修復しきれなくなっています。人々の手が必要です。
守り、守られ、生き、生かされ、共存する。
私たちがエデンに帰るためにも、エデンを本来の姿に戻していくためにも、継続し、
事業を通じてその責務を果たしていかなければならないと思うのです。
(残念ながら西川嘉廣さんは2012年77歳でご逝去されました。私たちは先生の期待に応えられているのでしょうか)
ヨシの文化史 水辺から見た近江の暮らし
西川 嘉廣
B6 判 246 ページ 並製
ISBN978-4-88325-133-9(4-88325-133-0) C0021
奥付の初版発行年月:2002 年09 月
書店発売日:2002 年09 月01 日
1200 円+税